2017年4月 9日 (日)

建物の寿命と世の中

銀座のソニービルが閉館しまた。新しく建て替えることになるそうです。
今の建物は私が最初にお世話になった事務所の師である、芦原義信先生の設計です。何か一つの時代が過ぎていく様な感慨があります。

建物を建てるときは、いつもより遠い将来のことを考えます。住宅で言えば、ローンのこと、これからの生活、子供達の成長、自分達の老後等々。未来が予想通りに来れば良いのですが、たいていはなかなか難しいのが実情です。
だからこそ、よく考えて少しばかり融通が利くように考えていきます。少し大きめのスペースにしたり、あえて部屋に分けなかったり、場合によってはすぐに壊せるようにします(たとえば仮設の事務所等)。
都心の事務所ビルや商業ビルと呼ばれるような建物では、最初から間仕切りはなくて、階段とエレベーター、トイレ、ミニキッチンくらいで、建物は完成です。これならいろいろな用途に対応可能です。
こうしたなんにでも使えるような空間のことをユニバーサルスペースと呼んでいたこともありますが、この様な考え方が出てきたのは比較的最近のことです。この話題はまた別の機会にでも…。
さて、こうしていろいろと考えられた建物であっても、年月が過ぎると、老朽化してきたり様々な理由で建て替えられることがあります。個人的な感想ですが、壊されていく建物で老朽化が主な原因で建て替えられるより
、需要にそぐわなくなった為に壊されてしまうものが多いように思います。
例えばアパート。核家族化が進んで、住まい方が変わって、住む人が高齢化して等々。どんな用途にも使えそうな商業ビルも、店舗、業務の形態、設備(たとえばエアコンの能力、IT化への対応)等々。住宅に至っては、一世代住んでしまえば、その子供達は、滅多にその家に住み続けるケースはないように思います(本当はそうした方がエコですが)。
きちんと手入れをすれば、木造住宅だって百年は持ちますし、コンクリート、鉄骨ならもっと大丈夫でしょう。税法上の耐久年数は、せいぜい三十数年。国が寿命をそのくらいと見積もっているのが分かります。
では、これから先本当に三十数年ごとに壊しては建てるのが良いのでしょうか?そうしなければ私達は暮らしていけないのでしょうか?確かに設計の仕事は減るので暮らしたいけないかも知れません!?バブルの頃の建物がそろそろ『寿命』を迎える頃に当たります。また、最近の低金利でたくさの建物が、首都圏近郊ではバブル期のように建ち始めています。これから人口が減る世の中で、本当に需要があるのでしょうか?需要があってもメンテナンスを続けていけるのでしょうが?
もっと私たちはものを作るとき、その寿命にもっともっとよく考えなければならなと思うとともに、本当に新しく作るのが良いかを立ち止まって考えるときではないかと思います。

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2016年12月22日 (木)

昔のものを残すこと:時間が作る価値

京王線の調布駅が地下になって駅前が新しくなりつつあります。

駅前は、線路の南と北に分断されていたものが、駅が地下になることで見通しが良くなり、ずっと快適なものになるのではないかと思います。
ところで、昔の駅前広場にあった公園や古い?銀杏の木が全部撤去されて、新しくなるようです。見上げるような大木で、ここまで育つのも長い年月がかかったのだろうなぁと思えるものがたくさんあります。また、駅前の公園はお世辞にもキレイとは言えませんが、駅近でもあり保育園の子供達がよく遊んでいました。昨今、駅近の保育園って貴重ですからとても良いことだと思いました。少し前にこの駅前の木を切らないでほしいという陳情を市長さんに行うと言うニュースをネットで見て、一体どんな計画になるんだったかなぁと思い、計画のお知らせを改めてみてみました。
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なかなか、モダンな外観のおしゃれな計画です。上から(上空から)見たCGしかなかったので、実際にどんな雰囲気になるのかは想像するしかないのですが、今ある古い大木や子供達が遊んでいてたレトロな公園はなくなるようです。
それはそれで、新しい街を作る意気込み、元気の良さ、洗練等々とても好ましいことなのですが、営々としてして時間が築いてきた価値を全くなかったかのような計画に、少しさびしいものを感じました
古いものがえらいわけでもないし、新しいからだめな訳でもないのですが、時間が作る価値にももう少し目を向けても良いのではないか?と思いました。

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2016年12月11日 (日)

パナソニック豊洲モデルハウス

昨日土曜日、豊洲にあるパナソニックテクノストラクチャーモデルハウスにビルダーさんのご案内でたくさんのお客様が見えました。そのビルダーさんとは10年来のおつきあいなので、同席さていただいて、パナソニックの工法による建築デザインの協力と、ビルダーさんの技術力、当社の個別設計によるサポートについてなどをお話しさせてもらいました。

モデルハウスですので、空間、設備、仕上げ等々なかなかのグレードですが、そこはお客様もしっかり把握されていて、「ここまで広いといいなぁ・・・」との声も。しっかり、現状認識、空間把握をされていらっしゃるのに、改めて感心させられました。パナソニックは電機メーカーさんなので、電気設備、IT技術などふんだんに取り入れていますが、生活の楽しみ方にどう取り入れていくか等々、建築デザインもその理解を深める必要があります。
たとえば照明。明るさを満たすだけでなく、どこの照明をどのような明るさ、色にすることでどのような空間を、生活スタイルを演出するか、一つ一つスイッチを入れたり消したりしていては大変ですが、これをある程度メニュー形式にして提案する実演がありました。なかなかこうした知恵は実現、実行するのは難しいのですが、こうした電機メーカーさんとの提案も取り入れていくと面白いですね。
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2016年12月 3日 (土)

街並みを美しく・・・

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高速道路、幹線道路、鉄道の沿線は、こうして空間が大きく開いていて、建物全体がよく見えるところが多いようです。そのため、それぞれの建物は趣向を凝らして、建て主さんの意気込みも後押しして、街並みに参加しているけれど、集団の景色としては、なかなか良い雰囲気になるところは多いとは言えないようです。
きっと、高さ、色、etc。揃えれば多少は見映えはするんでしょうが、それでいいってものでもないし、みんながそれで納得して、すんなり合意するのも難しかろう・・・タウンアーキテクトという職能も提案されているけれど、私有地の中での行為にどれだけ口を出せるものなのか?

外国の例も含めて、色々方策を考えなくてはいけません。

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2016年12月 1日 (木)

家づくりのお手伝い

久々の更新で、宣伝です。
パナソニックESテクノストラクチャー社が主催する建築家グルーブ「テクノストラクチャーデザインパートナーズ」という取り組みがあります。私もその一員として、パナソニックテクノストラクチャービルダーズ(会員工務店)のデザイン支援をしています。
今月11日には、東京、豊洲のパナソニックテクノストラクチャーショールームにて、設計相談会が開催され、私も当日はビルダーさん、お客様へのご相談アドバイスをいたします。参加ご希望の方は、お近くのパナソニックビルダーさんへご連絡の上、お申し込み下さい。
下記のサイトから、最寄りのビルダーさんを見つけることが出来ます。Logo

問い合わせ先
パナソニックESテクノストラクチャー株式会社

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2016年7月29日 (金)

相模原の事件

異常な事件では、犯人の異常性に目が向きがちだが、最初から異常な人間はそう多くはあるまい。何がそうさせたかはとても重要で、我々の社会の中にその原因が隠れている場合もある。個人的な感想ではあるが、捜査の進展によって明らかになるのだろうし、介護の現場に絶望してしまったのかも知れないと考えてしまう。
障がいのある人の生活は、健常者が考えもつかない苦労があったり、それを介護する人々に大きな負担を強いるようなこともある。設計の仕事をしていて、人は誰でも老いてからだが不自由になる可能性があるのに、バス、トイレすら,介護者に大きな負担をかけずに行う器具も、材料も不足していて、自分もその状態になる可能性があると考えると、暗澹たる気持ちになる。また、高齢化、人口減少社会において介護者の負担も増していく。
自動車の自動運転に力を入れるのもよいが、介護者,被介護者が人間らしく過ごす技術にその何分の1かでも力を注いではくれないだろうか?また、このような事件が起きたからと言って、社会から切り離すのではなく、我々の問題として広く社会で共有し、英知を集め、人間らしい生活を送れるようにならないものだろうか?
人は誰しも老いる、怪我もする、自分の体や心を選んで生まれることは出来ない。それでも社会が迎え入れてくれるとすれば、健常者は、そして何らかの障がいを持つ人も、心置きなく安心して社会に暮らせると思う。
人間の暮らす器を作るものとしては、とても考えさせられる。

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2016年5月27日 (金)

ビッグサイトに行きました

今日は仕事先の方とビッグサイトのイベントの見学に行きました。
ここは様々な催し物が行われる場所で、今日は住宅、マンション関係のデザイン、機器、素材の発表会でした。いろいろなメーカーさんが出店する中で、大手メーカーだけでなく、中小の設計事務所、工務店、材料メーカー等々があって、大変勉強になりました。

デザインの仕事をしていると、美しい形や機能について日々考えることになりますが、こうした形態や機能を支える技術の収集、勉強でもあります。また、こんな製品があるんだったら、アンナことが出来る・・・等々発想の源泉にもなります。
また、製品というハードだけでなく、いかに家作りや建物を成立させるかというソフトウエアの部分(たとえば、ファイナンス、税金等々)の支援を行う会社もありました。
これからいただいたパンフレットをじっくり見ながら、色々と勉強して見たいと思います。Photo

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2016年4月26日 (火)

エンブレム、建築、くまモン

今回 の熊本、大分の地震で被災された皆様にお見舞い申し上げます。
私も子供の頃一時熊本市内に住んだことがあり、阿蘇山にはよく訪れるので、心が痛みます。一日も早い復興をお祈り申し上げます。
さて、昨日今度の東京オリンピックエンブレム発表がありました。そして今日、エンブレムの作者の他の作品をテレビなどの報道で見て″なるほど″と思い、また文様のデザインがとても面白いと思いました。ただ、個人的にはエンブレムとしては、他の案も同じなんですが、もっとシンプルに、できればTokyo2020とオリンピックマークだけの方が更に良いと思っていました(文様等のマークなしで…と言うのも良いかと)。

もちろんどの案も専門家から見れば、芸術性、視認性、芸術性、媒体(メディア)での展開性など優れた案であることは間違いないのだと思います。ただそれが愛されるシンボルとして受け入れられることとはまた別のように思います。

例えば、くまモン。愛すべき熊本のシンボルとして日本中に受け入れられてきましたし、早く熊本が元気になってくまモンがユーモラスに活躍する様子をこころまちにしているひとも多いと思います。その影響力は様々な評価を得ていますが、その芸術性、デザイン性の評価を云々するのを私は見たことがありません。とにかく愛すべきキャラクターとして優れた存在であり、良いデザインであると思います(結構ファンです)。

これと同じようなことが建築の分野でも存在します。優れた先進的なデザイン、高い芸術性、社会的貢献などなど優れた建築の数々が生み出され、専門雑誌をにぎわすものの、世に広く受け入れられるとは言えませ 。また、住宅メーカーの人気商品(デザイン)や、環境に優しい等々の住宅であっても、決して専門誌には掲載されないし、専門家の間では話題になることもなく、一段低いものとして扱われる場合が多いようです。これには理由があって、すでに専門家の間では常識、こなれた技術、デザインであって珍しくないというのもあります。

このように、今回の専門家集団の判断は、我々(商業的グラフィックの)素人の見立てと往々にして異なる場合が多くある、いやほとんどそうだと言っても良いかも知れません。
そう見てくると、このエンブレム選びは、良い悪い、透明性等と言ってもあまり意味はなくて、専門性と大衆性などの性質のものであろう、そんな流れなんだろうと想像出来ます。ただ、その専門家(集団)が、信頼に足るかどうかがとはれているのだと考えられます。建築を作るときにも、一般的には素人である建て主さんの信頼をどれだけ勝ち得ることができるかという問題に通じるところもあるかと思いました。■

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2016年2月28日 (日)

家族の空間のこと

家を建てるとき、クライアントの方は「子供部屋」を気にする方が多くいます。もちろん大切な我が子のことですから、大変結構なのです。
自分が設計に関わるときは、子供、特に中学生になる前の子供部屋は不要と勧めています。支配する空間(自分が空間をコントロールする=整理整頓等々)を与えることは人格形成に大変重要ですので、無しというわけにはいかない訳なので以下の様に勧めています。
(マンションの場合難しいところもありますが)面積に限りがある都心の住宅では、お父さんの書斎の脇や、キッチンの脇に隔て板(段ボールでもベニヤ板でも突っ張り棒でも良い)を設けて、そこに机を置くように設計することがあります。女の子の場合は、リビングの住みにちょっと隠れるような場所とか。基本的に目が届く範囲と言うことです。わざわざそのために壁にカウンターを設けることも(子供が独立したら本棚になります)。
少し面積に余裕のあるところでは2畳程度ベッドと収納のスペースとします。扉を付けずにコーナーとして(着替えが気になる歳になったらカーテンなどをつけて)確保します。勉強や趣味は全て共有スペースで行わせます(大体中学卒業まで)。そのために、廊下などに出窓兼カウンターデスクを付けて、部屋にこもらない工夫することをします。
こうすることによって、お父さんがリビングで本読んだり、書斎に入って何かをすると自然と机に向かう様になります。ゲームしてちゃダメかも知れませんが、自分は子供が小さいうちはあえてリビングで仕事の一部をするようにしていました。娘は横で「おしごと」と称して、ひらがなを描いていました(書くとは言ませんでした)。親である自分よりも比較的早くひらがなを読んだり書いたり出来るようになったのは、そのおかげかも知れません。
難点は、親がある程度このような教育的な配慮をする時間が長くなることです。子供が宿題をしているときに、野球中継に没頭してはいけないとか、お笑い番組を見られないとか不便はあります。でもたかだか数年です。
高校生ぐらいになると自我の発達もあるので、上記のような習慣がある場合には、多少空間的に隔離した方が心理的に落ち着くように考えられます。そこで3畳程度のベッド付きの勉強スペースを考えます。でも、大学生になったら家に寄りつかないなんてことも多いので、これらのスペースは子供が独立したら全て夫婦のスペースに吸収できるように考えます。こう考えると6畳あれば男女二人のお子さんなら十分すぎるほどです。
このような子供の発達のことまで考えられたマンションが大変数が少なく、少子高齢化にあたっては、棟数も減り市場も縮小するので、これから考えなくてはいけない分野です。
以上は私の行ってきたお客さんからのヒヤリングによる筆者の個人的方針ですが、参考までに。

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2016年2月10日 (水)

建築と不動産の間

建築は建築家、工務店、建設会社。不動産は不動産屋さん、土木工事会社などなど、それぞれに得意分野があります。
街は誰が計画し、作るのでしょうか?
何となく建物が集まっていて、昔からある風景のようなものですが、何らかの意図があって作られているものもあれば、それこそ自然にできたものもあります。今では都市計画が各自治体で作られて、ある程度方向性を持った街ができるように努力がなされています。
では、もう少し小規模な、街と言っても、10戸ぐらいの家々が建ち並ぶ「界隈」は誰がどのようにして考えるのでしょう。それこそそこが良いと思って移り住む人たちが集まって自然に出来上がるもののように思えます。ほとんどの住宅地は、大地主さんがいて、少しずつ土地を人に売ってお屋敷が界隈になったものもあれば、畑の中に道を通して計画的に街になったところもあります。
しかしこれまでの街づくりでは、快適さと言う視点で道路の通し方や建物の建て方を取り決めるものが少なくて、当然の事ながら安全性や衛生面に比重が置かれていました。それだけ住宅環境が良くなかったことの現れでしょう。
近年、技術の進歩でそうした安全衛生面は当然のこととして達成されたあとに、どのような生活が織りなされるのかを考えることが私達の仕事の一つです。不動産の収支を考えて効率よく作ることは当然ですが(何しろ土地は高価です)、四角四面の家ばかりでは単調な団地のようになってしまいますし、安全は大切なことですが、だからと言ってコンクリートで固めてしまっては、味気ない生活になります。そうかと言って、奇抜なデザインの家ばかりが建ち並ぶ界隈も心地よい街とはならないでしょう。
家を一軒一軒作っていくような街(界隈)の形成にはあまり効果がないのですが(残念です…)、分譲住宅の計画のような場合には、かえって統一感のある美しい街並みが形成され、一戸建て注文住宅の建ち並ぶ街よりもずっとセンスのある界隈が形成される可能性があります。
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注文建築の方が分譲(建て売り)住宅よりも格上のように言われますが(値段も概して高い傾向)、美しい街への可能性はよほど建て売りの方が近道であるとも言えます。新築の多くが分譲住宅(建て売り゛と言われる中、

このように、これまで不動産と建築間の領域が見過ごされ、美しい街が広がるチャンスを逃してきたように思えてなりません。

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