2019年11月 4日 (月)

映画の話:エクスマキナ(EX-MACHINA)

  1. Amazon Prime Videoで無料で、アカデミー視覚効果賞との触れ込みもあって、そんな興味で見始めた。
    題名は“機械仕掛けの神”という意味で、舞台演出の一つとか。英語で“ex”=“昔の、前の”、“machina"=”機械“(machine)なので、「少し前までは機械・・・」なんて意味も引っ掛けてあるか?と思っていた(違うみたい)。
    舞台となる登場人物の住む家のデザインが素晴らしく、ノルウエーにあるホテルらしいが、雰囲気がよくて仕事の参考に参考になった?各場面で室内からの風景の見せ方が秀逸で、周りの自然の美しさとともにそれだけでももう一度見たい。
    お話はAIと人間の関係を描くもので、登場人物前が旧約聖書の登場人物を連想させ名、そうしたバックグラウンドがあると楽しめるのだろう。話としても、アダムとイブの失楽園のような趣もあり(ヒロインの名がEVEではなくて、AVAとされているけれど、そういう綴方もあるそうな)、神様の完全性と不完全な人間の物語になっている。AIって神様を作ろうとしているんだという皮肉?
    目を引くのは、超絶のAIを備えた可愛らしい女性の姿をしたアンドロイド(ただし顔と手、足のみリアルという異形の姿)で、IT企業の社長の金にあかせて妄想と趣味で作り出した傑作。IT社長の依頼で、その完成度を主人公の若い男性がテストする話。
    AIが自意識を持っているか等々深遠な話題かもしれないが、台詞にもあったように「そもそもAIに人の形を与えて、女性にする必要があったのか?」とも思う(これがないとこ映画成立しないんだろが)。
    主人公の男性「達」がこのアンドロイド(女性達)に翻弄されていく姿がなんとも哀れで、やっぱり人間(男)は「下半身」がついている限りにおいて不完全なのだなぁとシミジミ。創造主の社長さんまでも・・・
    AIが完全性を証明するほど人間の不完全さが浮き彫りにされ、いずれは高度な知性は機械に取って代わられるだろうという危惧を抱くとともに、知性が飛躍的に高度化するためには、こうした機械の手を借りねばならない宿命があるのかと。ただ、そうした知性が不完全な人間の見方をしてくれるかどうかはわからないのがちょっと怖い。
    特筆すべきは、アンドロイド役の女優さん(アリシア・ヴィキャンデル)の顔だけの演技、ほんのちょっとした表情の変化が効果的。

https://movies.yahoo.co.jp/movie/356084/

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2019年10月27日 (日)

やさしさの住居学

本の整理をしていて、再読。
著者は著名な建築家で、東京芸大の教授もされていた清家清氏。
阪神大震災の後出版された、主に高齢化社会の視点から見た住まいについて書かれいている、。サブタイトルが老後に備える100のヒント。
内容は、そのような高齢化、弱者に対する優しい視点からのものが多いものの、こうした視点がそう出ないと思われている一般の住宅の質の向上には大変役に立つ。
第1章終の住処/第2章安全のしつらえ/第3章老のしつらえ/第3章安らぎの設計/第4章住まいと健康/第5章やさしさの住まい
章のタイトルを見ただけで、住まいに対する心持ちが初心に帰るようで清々しい。
身近な内容を平易な語り口で書かれており読みやすい。
昨今の天災に関していえば、「天災を人災にしないために」「高層には高層の備えがある」など既に20年以上前にある意味「当たり前のこと」が大切である旨述べられている。また、高気密高断熱にも言及されているものの、「冷暖房も房事は過度にならぬよう」とクスッと笑える文章で何かしらの温かみを感じられる。
建築の専門家でなくても読めるように該博な知識をこうした形で書き残してもらえることは、ありがたいことであるし、専門家でも初心に立ち返って見るためにも良いことと思った。
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2019年9月15日 (日)

非日常に備えて

世の中の動き、政治や経済などにも興味を持つのは、それが自分を含めた世の人々の生活様式、スタイルに直結するから。建物を作ることはそこでの営みを作ることでもあるので、その長い寿命を考え、その先々をどうするかは、極めて責任が重いものがあります。
新しい考え方は、そうした世間の実際の動向に先んじて、芸術や文学、哲学の世界で現れ始めるので、そちらへの関心も重要です。

で、昨今の災害の様子を見ていると、気候変動ということをすぐに思いつきますが、災害の規模にもよるのでしょうが、復興の様子を見ると今暮らす国、集団が、そこに暮らす人々の生活を復旧、維持する能力に陰りが見えてきているのではないかと思います。

財政的な面で他にムダ遣いするからだ、高齢化がなどと直接的な原因がいろいろ挙げられますが、それらは人為的な作為の結果が大半であるかもしれません。高齢化自体は医療発達の結果で自然ですが、その対応の真剣度の不足、不作為によるものが大きいように思います。(すでに40年前から超高齢社会になることが、統計上わかっていたわけですから)。少子化ですら、その傾向は幼児死亡率の低下とタイミングが合っていて、子供が減れば人口が減るのは自明のことです。

これからの対応は期待したいところですが、大きな流れは止めがたいものがあるように思います。そこで、建物、特に住まいについては災害に耐えることはもちろんですが、インフラの途絶にある程度耐えられる仕組み(例えば蓄電、発電)、少々の不具合は治せるような形態(あまり複雑な形態を取らないなど)、危険な材料はあまり使わない(ガラス面の大開口はさえける、プロテクター:雨戸、シャッターをつける)などなど、都市機能不全に耐える工夫がより必要になってくるように思います。

快適な日常生活とコストのバランスも大切ですが、非日常への自衛策もデザインの役割として、これからよく考えておかねばならないと思います。

 

 

 


 

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2019年7月 2日 (火)

長く愛される建築

https://blogs.yahoo.co.jp/kmy22jp/41316853.html?fbclid=IwAR0NEVxSliEK6bG_XMt0mB6XG8PTZptUisEiG1HMh8zHkIdRocwxBIm6j4E

(宮崎・都城 / 旧都城市民会館(解体予定))

設計者の菊竹清訓氏は同郷の大先輩でもあり、仕事がないときに、お声がけくださった事務所でもあります。
地元の久留米市民会館なきあと、ここも解体とはさびしいものがあります。
素晴らしい名建築であっても、地域の住民の方々の理解がなくては生き延びていくことが出来ないことを痛感します。街の中の建築、市民の生活の一部としての施設という視点が、作る側(公共団体、設計者、市民)に根付いていくことの難しさを感じます。
多分、壊して新たに作る方がたくさんお金が回るのでしょうが、そのお金もう少し不便を我慢して、他のこと、分野に使えませんかねぇ。
ここの場合は維持費の問題もあるようですが 、文化的な価値だけでは生き残れなくて、やはり先立つものを出す意欲をわかせる文化的価値、利便性等々、やはり建築の本質そのものではあります。

 

 

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2018年9月29日 (土)

最近読んだ本

最近の読書
タイトルが右翼っぽいけど、ラフかディオ・ハーン(小泉八雲)。怪談が有名だけど、他にも読んだはずだが記憶が…
一度新品を購入したのに途中でバスに忘れて、もう一冊図書館で借りて、よかったので古本で買ってでもシッカリ読みたいほどよかった。
明治中期の、江戸時代の名残残る日本の情景を細やかに描いている。英語で読んだらきっともっと、彼の気持ちがわかるんじゃないかと思うけど、まあ無理かな。
特に印象に残ったのは、障子を通した光と障子に映る木々の影の対比に感銘を受けるところ。日の光が障子を通して和らぐ効果と、夜になると建物全体が行燈の様に夜に浮かび上がる光景。昔の日本家屋のすばらしさが良く描かれている。
そんな柔らかな光が好きで自宅の窓の日除けを和紙風のスクリーンにしたはずなのにすっかり忘れていた。西日がスクリーンに樹木の影を落とすのを改めて眺めてみたり。
耐震だ、断熱だと窓が小さくなる日本家屋、そうした行燈のような夜景も見られなくなるんだろうか? Img_82670

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2018年1月18日 (木)

天災は忘れた頃にやってくる

すでにたくさん報道されていますが、昨日は阪神淡路大震災から23年。
あの地震の時はアメリカ似いて、日本への帰国のためにアパートを引き払う準備をしていました。連日神戸様子や天気が地元のケーブルテレビでもトップニュースでした。
2月初旬に帰国後、実家へ帰るにも新幹線が大阪までで、知り合いの工事の車で被災地を通り抜けることができました。街全体がバラバラに傾いていて、自分がまっすぐ立っているのかどうかわからなくなるような状態を覚えています。
仕事柄、破壊された様子を写真に撮りよく観察して通り過ぎました。建物形状によるもの、鉄筋の種類やボルト、鉄骨の厚さ、木造のほぞの部分の破壊、コンクリートや鉄が実際に”教科書通りに”破壊されていました。
その時代の法律をそれぞれ守ってまじめに作っているのでしょうが、それだけでは防ぎきれないと言う事実が印象的でした。これは、その後の仕事の中で忘れられない事の一つです。
1981年の法律改正後であろう建物は、かなり健全で残っているのが多く、不思議な気持ちであったことを覚えています。

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2017年11月 5日 (日)

AIと建築デザインの仕事 2

前回からの続き
データから積み上げるようなデザインの分野では、建築家の仕事は中々なくならないものと思います。
例えば、分譲住宅のプランを作る場合などは、「売れる」パターンを統計的に抽出して、上記のようなここの分野に細分化し、分析、再構成することは、ディープラーニングの進化を見るとそれほど難しくないように思います。
こうした規格化されたもの、工場やオフィスのような目的のはっきりしたものから仕事はなくなっていくように思います。
ただそれが美しいかどうかは、わかりません。
その美的な概念はどうでしょうか?
建築の、例えば外観のプロポーションで、人間が美しい、心地よいと感じるパターン、材料、色彩の組み合わせ等も、機械が学ぶことは容易に想像できます。

さらに、社会変化の要求に応じて、またそれを予測して、新しい形、ライフスタイルを提案することも可能になるような予感があります。

AIが、関数のように与えられた条件が全く同じであるなら、理論的には答えは同一になるものとすれば、きわめて複雑ではあるけれど単なる「関数装置」としての枠を超えることはできないように思います。
これに対して、人間は全く同じ条件でも同じ答えを出すとは限りません。これが進歩の源泉でもあると思うのですが、人間のきまぐれ、遊び心が生む即興性のようなものがあります。関数装置の複雑な係数を変えたり、関数の性質を変えたりすることが人間にはできます。

ただ、囲碁や将棋のプログラムのように、AIは自分自身の関数自体を書き換えてしまうことも可能なようですから、やはり建築家は何か他の仕事に就くしかないのでしょうか?

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2017年11月 3日 (金)

AIと建築デザインの仕事 1

最近AI(人工知能Artificial Intelligence)の発達で、なくなる仕事、生まれる仕事が、話題になっています。様々な仕事があげられていましたが、建築家の仕事はどうでしょうか?
まず設計の仕事は、最初は相手が様々なライフスタイルの家族であったり、多用途であったり、それぞれの場所、地域性がありますから、そう簡単にはいかないように思います。しかし、デザインの手順を見ていくと、単純な仕事に分けていくことができます。
建築計画学など様々な分野の学術的研究がなされていて、多様な条件が数値化されてきている昨今、それぞれの手順毎にAIで置き換えていくことは、そう困難ではないように思います。
例えば、快適性に関わる温度条件は、地域の気候、断熱材の条件、空調能力など複雑ではありますが、一種の関数で表されるでしょう。また、導線(人の動き、流れ)などは、建築心理学や流体の動きとして捉えることができるでしょう。さらに色彩、形状が人間に与える影響も心理学や地域文化研究のの成果が期待できます。
これらは建築の本来持っている論理性によるもので、建築を実現するための多大な労力(資金、時間etc.)を正当化するためのロジックでもあります。すなわち、建て主にお金を出してもらうための壮大な論理です。ここにAI化の可能性と限界があります。
こうした中、相反する条件を満足させ、美しくまとめるのが建築家の大切な役割ですが、こうした総合判断をAIでどのようにして行うのかは、現時点では想像もつきません。
(続く

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2017年10月21日 (土)

「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」へいきました。

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来週までの展示なので、台風接近中の雨の中混む前に土曜日の朝イチで行ってきました。
戦後からの住宅の移り変わりが、現代までまんべんなくすっきりとまとまっている印象でした。
教科書で見た、戦後から1980年代の住宅がありなつかしく見たり、学生時代に雑誌野写真や図面を熱心に見ていた住宅が、既に歴史上の住宅として位置づけされて展示されているのを見ると、ずいぶんと歳をとったものだと思うところもありました。
展示は模型と図面、ビデオが主なものですが、清家清さんの斉藤教授の家は、部分的に実物大で再現してあり、中に入ることができて、その空間を体験することができます。
室内の内部空間ボリュームが庭へ広がる様子などの体験は貴重なものでした。
また、ディテールも忠実に再現されていて、天井・建具の溝の部分をフラットにしている納め方なども、空間体験として大変良かったと思います。
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模型はスケールが大きく、図面も詳細図まで展示してあるものがあり、建築関係者には大変結構な展覧会でしたが、なんと言っても建築は外だけでなく中の空間を理解することが大切ですので、今後の技術の発展によってVR等を活用した空間体験ができるとすばらしいでしょう。
現代の住宅として、若い世代の作品の模型が展示してありましたが、どれも上から眺めるような形になってしまうために、住まい手の視線がどうしても貧弱になります。もちろん腰をかがめてみれば良いのですが、うまい展示の方法がないものでしょうか.難しいですね。
建築の大先輩方の住宅は、どれも教科書に載るような作品ばかりでしたが、改めてじっくり見てみると、都心(23区内)にありながら、どれもこれも広大な敷地にぽつんと立っていて、なんだか現実感がわかないところがなんとも・・・・。上の斉藤教授の家も、この縁側から緑豊かな敷地(庭)が見えているわけです。現代の建築化が取り組むべき課題は、こういう所も変化しているように思います。
それから、私が興味があった街と住宅の関係については、まだまだ評価の定まった作品が少ないのか、ほとんどありませんでした。家並みが街を作っていくわけですから、住宅の空間や外観、敷地との関係がどのように街に貢献しているか、街を形作っているかの作品があれば、とても参考になったのかなぁと。ひょっとしたら、鷲たちが取り組んでいる課題はまだ未開拓の分野かも知れない、ここは一つがんばってみたいもの、と思いました。

追記
近代美術館なので、上階は収蔵作品の展示を行っていて、本当に久しぶりに見てきました。撮影も可能になっていて、なんだかとても自由な感じでした。
下記は藤田嗣治の自画像。大学卒業してすぐお世話になった芦原先生のおじさんにあたり、それでいろいろな作品を見てきましたが、この絵の実物を見るのは初めてでした。
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彼のサイパン玉砕の場面は、絵の前に立つと動けなくなるほど凄惨な雰囲気で、そのディテールにいたるまで強烈なエネルギーを感じるものでした。とても写真に納めるような気持ちにならず、これが戦前の大政翼賛的な雰囲気を強化する側に回ってしまって、戦後日本に居づらくなってしまった理由の一つなのだろうかと思いました。
写真のコレクションは比較的新しいものが展示されていて、田村彰英氏の写真がありました。美術手帖という雑誌にずっと表紙を飾っていたそうで、白黒なのに夏の日差しと青々とした空、勢いのある緑を感じるような写真がとても印象に残っています。
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せっかく東京で仕事をしているのでこれを機会に色々回ってみたいものです。

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2017年10月19日 (木)

iPadでお絵かき

いきなりくだけたタイトルですが、昨年買ったiPadProを色々と活用しています。

図面をPDFにして、入れておくと出先に何枚も図面を持って、重くなることもありません。
しかし、Pro版ではapplePenを活用しない手はないと思っていましたが、なかなかうまく行かないのですが、まずは慣れることからと、いろいろなものをスケッチしてみることにしてみました。
外でゆっくりスケッチする時間もないので、気に入った近所の風景を写真に撮ってそれを写す(模写、トレースする)ことから始めました。スケッチは三次元の形を二次元に落とし込む練習が必要で、なかなか上手にできないのですが、写真をトレースすればとりあえず形はなんとかなります。あとは、塗り絵の要領ですから、たのしくいiPadで絵を描くことが出来ます。
絵を描くことからすると本当は、ものを見て直接描くのが上達の近道なのは言うまでもありません。
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建築の絵もうまくできたら載せていきます。
設計中の建物等は、CGだったり、それなりに立体にするテクニックがあるので比較的描きやすいのですが、自然を相手にするのは難しいですね。

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